26 階層分析法
26.1 学習目標
- 一対比較と一対比較行列の考え方を理解する.
- 整合性の性質を理解し,導出できる.
- 階層構造を用いて,評価基準と代替案を評価できる.
- 幾何平均法により重要度ベクトルを求めることができる.
- *固有ベクトル法と整合性の指標を理解する.
26.2 前提知識
階層分析法では,線形代数における行列やベクトルの基本演算を用いる.また,固有ベクトル法を学ぶには,固有値と固有ベクトルの概念を理解することが望ましい.
26.3 用語集
本章で用いる用語の英語と日本語の対応を 表 26.1 に示す.
| English | Japanese |
|---|---|
| multi-criteria decision making (MCDM) | 多基準意思決定 |
| Analytic Hierarchy Process (AHP) | 階層分析法 |
| consistency | 整合性 |
| Consistency index | 整合度 |
| pairwise comparison | 一対比較 |
| pairwise comparison matrix | 一対比較行列 |
| alternative | 代替案 |
| criterion | 評価基準 |
| hierarchy | 階層 |
| priority vector | 重要度ベクトル |
| geometric mean method | 幾何平均法 |
| eigenvector method | 固有ベクトル法 |
26.4 階層分析法とは
階層分析法 (Analytic Hierarchy Process, AHP) は,複数の代替案の中から一つの代替案を選択するための手法である.
26.4.1 代替案
代替案の集合を X = \{x_1, x_2, \ldots, x_n\} とする.代替案の重要度を
\mathbf{w} = (w_1, w_2, \ldots, w_n)^T
で表す.ここで,w_i は代替案 x_i の重要度を表し,w_i > 0 および \sum_{i=1}^n w_i = 1 を満たす. w_i が大きいほど,代替案 x_i が望ましいとする.w_i > w_j ならば,代替案 x_i は代替案 x_j より望ましい.このとき,x_j より x_i を選好するといい,x_i \succ x_j と表す.
例 26.1 旅行先の代替案の集合を X = \{\text{北海道}, \text{沖縄}, \text{九州}\}
とし,各代替案の重要度を \mathbf{w} = (0.3, 0.6, 0.1)^T とするとき, \text{沖縄} \succ \text{北海道} \succ \text{九州} である.
このように,それぞれの代替案の重要度が与えられるならば,望ましい代替案の選択は容易である.しかし,実際には,代替案の重要度を直接決定することは難しい.
26.5 記号
本章で用いる記号を 表 26.2 に示す.
| 記号 | 意味 |
|---|---|
| \mathbf{A} | 一対比較行列 |
| X | 代替案の集合 |
| x_i | 代替案 i |
| n | 代替案の数 |
| a_{ij} | 一対比較値 |
| \mathbf{w} | 重要度ベクトル |
| C | 評価基準の集合 |
| c_k | 評価基準 k |
| m | 評価基準の数 |
| \mathbf{A}^{(k)} | 評価基準 c_k に関する代替案の一対比較行列 |
| \mathbf{w}^{(k)} | 評価基準 c_k に関する代替案の重要度ベクトル |
| \mathbf{B} | 評価基準の一対比較行列 |
| \mathbf{v} | 評価基準の重要度ベクトル |
| \lambda_{max} | \mathbf{A} の最大固有値 |
26.6 一対比較
すべての代替案を並べて比較することは難しい.そこで,AHPでは,2つの代替案を比較する一対比較 (pairwise comparison)を用いる.その理由として,\{x_1, x_2, \ldots, x_n\} の中から最も望ましい代替案を選ぶことは難しいが,2つの代替案 x_i と x_j のどちらが望ましいかを決定することは比較的容易であることが挙げられる.
26.6.1 一対比較値
AHPでは,x_i が x_j よりどれくらい望ましいかという判断を一対比較値で表す.具体的には,一対比較値 a_{ij} は,意思決定者が代替案 x_i の重要度を代替案 x_j の重要度の何倍と判断するかを表す.
例えば,例 26.1 では,北海道(x_1)と沖縄(x_2)の重要度は,それぞれ 0.3 と 0.6 である.これらの重要度の比を一対比較値として用いると,
a_{21} = \frac{w_2}{w_1} = \frac{0.6}{0.3} = 2
となる.これは,沖縄の重要度が北海道の重要度の2倍であることを表す.逆に,北海道を沖縄と比較すると,
a_{12} = \frac{w_1}{w_2} = \frac{0.3}{0.6} = \frac{1}{2} = \frac{1}{a_{21}}
となり,北海道の重要度は沖縄の重要度の 1/2 倍である.
Saatyは,一対比較値を 表 26.3 に示す尺度で表すことを提案した.
| 重要性の強さ | 定義 | 説明 |
|---|---|---|
| 1 | 同程度に重要 | 2つの要素が目的に等しく寄与する |
| 2 | わずかに重要 | - |
| 3 | やや重要 | 経験と判断が,一方の要素を他方よりやや支持する |
| 4 | やや重要より強い | - |
| 5 | かなり重要 | 経験と判断が,一方の要素を他方より強く支持する |
| 6 | かなり重要より強い | - |
| 7 | 非常に重要,または重要性が実証されている | 一方の要素が他方より非常に強く支持され,その優位性が実際に示されている |
| 8 | 非常に重要より強い | - |
| 9 | 極めて重要 | 一方の要素を他方より支持する証拠が,考えうる最高の確かさをもつ |
| 上記の逆数 | 要素 i を要素 j と比較したときに上記の0でない数のいずれかが割り当てられるならば,j を i と比較したときにはその逆数が割り当てられる | 妥当な仮定 |
| 1.1–1.9 | 2つの要素が非常に近い場合 | 最適な値を割り当てることは難しいかもしれないが,対照的な他の要素と比較する際には,小さな数値の大きさはそれほど目立たない.それでも,それらの数値は要素の相対的な重要性を示すことができる. |
26.6.2 一対比較行列
すべての代替案の組み合わせについて一対比較を行い,その結果を一対比較行列 (pairwise comparison matrix)にまとめる.一対比較行列は \mathbf{A} = [a_{ij}]_{n \times n} と定義され,以下のように表される.
\mathbf{A} = \begin{bmatrix} a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1n} \\ a_{21} & a_{22} & \cdots & a_{2n} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ a_{n1} & a_{n2} & \cdots & a_{nn} \\ \end{bmatrix}
一対比較行列では,すべての i, j について,以下の基本条件を満たすものとする.
a_{ij} > 0, \qquad a_{ii} = 1, \qquad a_{ji} = \frac{1}{a_{ij}}
AHPでは,一対比較値 a_{ij} と重要度の比 w_i/w_j の間に,次の関係を仮定する.
a_{ij} \approx \frac{w_i}{w_j} \quad \forall i, j
意思決定者が一対比較を行うとき,\mathbf{w} = (w_1, w_2, \ldots, w_n)^T を知らないが,合理的な意思決定者ならば,a_{ij} = w_i/w_j を満たすと考えられる.このとき,\mathbf{A} は完全に整合的であるといい,この性質を整合性 (consistency) と呼ぶ. 一対比較行列 \mathbf{A} は以下のようになる.
\mathbf{A} = \begin{bmatrix} w_1/w_1 & w_1/w_2 & \cdots & w_1/w_n \\ w_2/w_1 & w_2/w_2 & \cdots & w_2/w_n \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ w_n/w_1 & w_n/w_2 & \cdots & w_n/w_n \\ \end{bmatrix}
すべての i, j, k について,a_{ij} = w_i/w_j とするとき,
a_{ik} = \frac{w_i}{w_k} = \frac{w_i}{w_j} \times \frac{w_j}{w_k} = a_{ij} a_{jk}
が成り立つ.
例 26.2 旅行先の代替案の集合を X = \{\text{北海道}, \text{沖縄}, \text{九州}\} とし,意思決定者が一対比較で以下のように判断したとする.
- x_2 (沖縄)は x_1 (北海道)より2倍望ましい
- x_1 (北海道)は x_3 (九州)より3倍望ましい
- x_2 (沖縄)は x_3 (九州)より6倍望ましい
このとき,一対比較行列 \mathbf{A} は以下のようになる.
\mathbf{A} = \begin{bmatrix} 1 & 1/2 & 3 \\ 2 & 1 & 6 \\ 1/3 & 1/6 & 1 \\ \end{bmatrix}
26.6.3 重要度ベクトル
一対比較行列 \mathbf{A} が与えられたとき,重要度ベクトル \mathbf{w} を計算する方法を説明する.
まず,意思決定者が完全に合理的であるならば,a_{ij} = w_i/w_j を満たすため,\mathbf{A} は
\mathbf{A} = \begin{bmatrix} w_1/w_1 & w_1/w_2 & \cdots & w_1/w_n \\ w_2/w_1 & w_2/w_2 & \cdots & w_2/w_n \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ w_n/w_1 & w_n/w_2 & \cdots & w_n/w_n \\ \end{bmatrix}
であるから,\mathbf{A} の各列は \mathbf{w} に比例している.このとき,重要度ベクトル \mathbf{w} は,\mathbf{A} の任意の列を正規化することで求められる.具体的に,任意の列 j について,重要度ベクトル \mathbf{w} の各要素 w_i は
w_i = \frac{a_{ij}}{\sum_{k=1}^n a_{kj}} \quad \forall i
のように計算できる.
例 26.2 の一対比較行列 \mathbf{A} を考える.
\mathbf{A} = \begin{bmatrix} 1 & 1/2 & 3 \\ 2 & 1 & 6 \\ 1/3 & 1/6 & 1 \\ \end{bmatrix}
このとき,\mathbf{A} の第3列を正規化すると,重要度ベクトル \mathbf{w} は以下のようになる. w_1 = \frac{3}{3 + 6 + 1} = \frac{3}{10} w_2 = \frac{6}{3 + 6 + 1} = \frac{6}{10} w_3 = \frac{1}{3 + 6 + 1} = \frac{1}{10}
これは,例 26.1 の重要度ベクトル \mathbf{w} = (0.3, 0.6, 0.1)^T と一致する.
26.7 階層
AHPでは,複数の評価基準 (criterion) を用いて代替案を評価することができる.例えば,旅行先の代替案を評価するとき,気候,食事,費用などの評価基準を用いることができる.
AHPでは,評価基準を用いて代替案を評価するために,階層 (hierarchy) を用いる.階層は,以下の要素から構成される.
- 目的 (goal)
- 評価基準 (criteria)
- 代替案 (alternatives)
ここで,評価基準の集合を C = \{c_1, c_2, \ldots, c_m\} とする.
このような階層構造を用いることで,評価基準に基づいて代替案を評価することができる.まず,各評価基準 c_k \in C を用いて,代替案の一対比較行列 \mathbf{A}^{(k)} を構築し,代替案の重要度ベクトル \mathbf{w}^{(k)} を計算する.次に,評価基準の一対比較行列 \mathbf{B} を構築し,評価基準の重要度ベクトル \mathbf{v} = (v_1, v_2, \ldots, v_m)^T を計算する.最終的に,代替案の重要度ベクトル \mathbf{w} は以下のように計算される.
\mathbf{w} = \sum_{k=1}^m v_k \mathbf{w}^{(k)}
例 26.3 旅行先の代替案を X = \{\text{北海道}, \text{沖縄}, \text{九州}\} とし,評価基準を C = \{\text{気候}, \text{食事}, \text{費用}\} とする.このとき,図 26.1 に示すような階層構造を考えることができる.
ここでは,\mathbf{A}^{(k)} をそれぞれ評価基準 c_k, k = 1, 2, 3 に対応する一対比較行列とする.
\mathbf{A}^{(1)} = \begin{bmatrix} 1 & 1/3 & 3 \\ 3 & 1 & 9 \\ 1/3 & 1/9 & 1 \\ \end{bmatrix}, \quad \mathbf{A}^{(2)} = \begin{bmatrix} 1 & 1 & 4 \\ 1 & 1 & 4 \\ 1/4 & 1/4 & 1 \\ \end{bmatrix}, \quad \mathbf{A}^{(3)} = \begin{bmatrix} 1 & 1/2 & 1/6 \\ 2 & 1 & 1/3 \\ 6 & 3 & 1 \\ \end{bmatrix}
以上の一対比較行列から見ると,意思決定者は以下のような評価をしていることがわかる.
- 気候に関しては,沖縄が最も望ましく,次に北海道,最後に九州である
- 食事に関しては,北海道と沖縄が同じくらい望ましく,九州が最も望ましくない
- 費用に関しては,九州が最も望ましく,次に沖縄,最後に北海道である
各評価基準 c_k \in C において,代替案の重要度ベクトル \mathbf{w}^{(k)} をそれぞれの一対比較行列 \mathbf{A}^{(k)} から計算する.
\mathbf{w}^{(1)} = \begin{bmatrix} 3/13 \\ 9/13 \\ 1/13 \\ \end{bmatrix}, \quad \mathbf{w}^{(2)} = \begin{bmatrix} 4/9 \\ 4/9 \\ 1/9 \\ \end{bmatrix}, \quad \mathbf{w}^{(3)} = \begin{bmatrix} 1/9 \\ 2/9 \\ 6/9 \\ \end{bmatrix}
次に,評価基準がどれくらい重要かを評価する.評価基準の一対比較行列 \mathbf{B} を構築する. 評価基準の一対比較で,以下のように判断したとする.
- 評価基準 c_1 (気候)の重要度は c_2 (食事)の重要度の 1/4 倍である
- 評価基準 c_1 (気候)の重要度は c_3 (費用)の重要度の2倍である
- 評価基準 c_2 (食事)の重要度は c_3 (費用)の重要度の8倍である
評価基準の一対比較行列 \mathbf{B} は以下のようになる.
\mathbf{B} = \begin{bmatrix} 1 & 1/4 & 2 \\ 4 & 1 & 8 \\ 1/2 & 1/8 & 1 \\ \end{bmatrix}
同様に,重要度ベクトル \mathbf{v} を一対比較行列 \mathbf{B} から計算する.
\mathbf{v} = \begin{bmatrix} 2/11 \\ 8/11 \\ 1/11 \\ \end{bmatrix}
最終的な重要度ベクトル \mathbf{w} は以下のようになる.
\mathbf{w} = v_1 \mathbf{w}^{(1)} + v_2 \mathbf{w}^{(2)} + v_3 \mathbf{w}^{(3)} = \frac{2}{11} \begin{bmatrix} 3/13 \\ 9/13 \\ 1/13 \\ \end{bmatrix} + \frac{8}{11} \begin{bmatrix} 4/9 \\ 4/9 \\ 1/9 \\ \end{bmatrix} + \frac{1}{11} \begin{bmatrix} 1/9 \\ 2/9 \\ 6/9 \\ \end{bmatrix} \approx \begin{bmatrix} 0.38 \\ 0.47 \\ 0.16 \\ \end{bmatrix}
コード
import numpy as np
w1 = np.array([3/13, 9/13, 1/13])
w2 = np.array([4/9, 4/9, 1/9])
w3 = np.array([1/9, 2/9, 6/9])
v = np.array([2/11, 8/11, 1/11])
w = v[0] * w1 + v[1] * w2 + v[2] * w3
warray([0.37529138, 0.46930847, 0.15540016])
このとき,重要度ベクトル \mathbf{w} から,最も望ましい代替案は x_2 (沖縄)であることがわかる.
ここでは,目的,評価基準,代替案の3層の階層を考えたが,評価基準の下にさらに評価基準を追加するなど,より複雑な階層を考えることもできる.
26.8 重要度ベクトルの推定
以上では,意思決定者が完全に合理的であると仮定して,重要度ベクトル \mathbf{w} の計算方法を説明した. しかし,人間の評価は必ずしも合理的でないため,a_{ij} = w_i/w_j を満たさない場合がある.このとき,他の方法で一対比較行列 \mathbf{A} から重要度ベクトル \mathbf{w} を計算する必要がある.計算する方法として,主に幾何平均法 (geometric mean method) と固有ベクトル法 (eigenvector method) の2つがある.
26.8.1 幾何平均法
Crawford と Williams (1985年) は,幾何平均法を提案した.幾何平均法では,一対比較行列 \mathbf{A} の各行の幾何平均を計算し,正規化することで,重要度ベクトル \mathbf{w} を求める.
重要度ベクトル \mathbf{w} の各要素 w_i を以下のように計算する.
w_i = \frac{\left(\prod_{j=1}^n a_{ij}\right)^{1/n}}{\sum_{k=1}^n \left(\prod_{j=1}^n a_{kj}\right)^{1/n}} \quad \forall i
例 26.2 の一対比較行列 \mathbf{A} を考える.
\mathbf{A} = \begin{bmatrix} 1 & 1/2 & 3 \\ 2 & 1 & 6 \\ 1/3 & 1/6 & 1 \\ \end{bmatrix}
このとき,重要度ベクトル \mathbf{w} は以下のようになる.
w_1 = \frac{(1 \times 1/2 \times 3)^{1/3}}{(1 \times 1/2 \times 3)^{1/3} + (2 \times 1 \times 6)^{1/3} + (1/3 \times 1/6 \times 1)^{1/3}} = 0.3
w_2 = \frac{(2 \times 1 \times 6)^{1/3}}{(1 \times 1/2 \times 3)^{1/3} + (2 \times 1 \times 6)^{1/3} + (1/3 \times 1/6 \times 1)^{1/3}} = 0.6
w_3 = \frac{(1/3 \times 1/6 \times 1)^{1/3}}{(1 \times 1/2 \times 3)^{1/3} + (2 \times 1 \times 6)^{1/3} + (1/3 \times 1/6 \times 1)^{1/3}} = 0.1
一対比較行列 \mathbf{A} が整合性を持つならば,幾何平均法で計算した重要度ベクトル \mathbf{w} は \mathbf{A} の列を正規化して求めた重要度ベクトルと一致する.
Python では,次のように geometric_mean_method() 関数を定義し,重要度ベクトルを計算できる.
import numpy as np
def geometric_mean_method(A):
"""
Estimate the priority vector by the geometric mean method.
Parameters:
A (np.ndarray): Pairwise comparison matrix
Returns:
np.ndarray: Priority vector w
"""
n = A.shape[0]
w = np.zeros(n)
for i in range(n):
w[i] = np.prod(A[i, :]) ** (1 / n)
return w / np.sum(w)
if __name__ == "__main__":
A = np.array([[1, 1 / 2, 3], [2, 1, 6], [1 / 3, 1 / 6, 1]])
w = geometric_mean_method(A)
print(f"Priority vector (w): {w.round(2)}")Priority vector (w): [0.3 0.6 0.1]
26.8.2 固有ベクトル法*
一対比較行列 \mathbf{A} が整合性を持つとき,
\mathbf{A} \mathbf{w} = \begin{bmatrix} w_1/w_1 & w_1/w_2 & \cdots & w_1/w_n \\ w_2/w_1 & w_2/w_2 & \cdots & w_2/w_n \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ w_n/w_1 & w_n/w_2 & \cdots & w_n/w_n \\ \end{bmatrix} \begin{bmatrix} w_1 \\ w_2 \\ \vdots \\ w_n \\ \end{bmatrix} = \begin{bmatrix} n w_1 \\ n w_2 \\ \vdots \\ n w_n \\ \end{bmatrix} = n \mathbf{w}
が成り立つ.式 \mathbf{A} \mathbf{w} = n \mathbf{w} より,\mathbf{w} は \mathbf{A} の固有ベクトル,n は \mathbf{A} の固有値である.
Saatyは,最大固有値 \lambda_{max} に対応する固有ベクトルを重要度ベクトルとして用いることを提案した.すなわち,重要度ベクトル \mathbf{w} を求めるには,以下の式を解く.
\mathbf{A} \mathbf{w} = \lambda_{max} \mathbf{w}
例 26.2 の一対比較行列が与えられたとする.
\mathbf{A} = \begin{bmatrix} 1 & 1/2 & 3 \\ 2 & 1 & 6 \\ 1/3 & 1/6 & 1 \\ \end{bmatrix}
このとき,\mathbf{A} の固有値は,\det(\mathbf{A} - \lambda \mathbf{I}) = 0 を解くことで求められる.
\begin{align*} \det(\mathbf{A} - \lambda \mathbf{I}) &= \det\begin{bmatrix} 1 - \lambda & 1/2 & 3 \\ 2 & 1 - \lambda & 6 \\ 1/3 & 1/6 & 1 - \lambda \\ \end{bmatrix} \\ &= -\lambda^3 + 3\lambda^2 \\ &= -\lambda^2(\lambda - 3) \end{align*}
\lambda^2(\lambda - 3) = 0 より,\lambda = 0, 3 が得られる.この例において,\mathbf{A} の最大固有値は \lambda_{max} = 3 であり,それ以外の固有値は \lambda = 0 である.また,\mathbf{A} は 3 \times 3 行列であるから n = 3 であり,\lambda_{max} = n が成り立っている.これは特別な例ではなく,一般に 命題 26.1 が成り立つ.
命題 26.1 整合性のある n \times n 行列 \mathbf{A} の最大固有値は \lambda_{max} = n であり,それ以外の固有値は \lambda = 0 である.
行列 \mathbf{A} が整合性を持たないとき,\lambda_{max} > n が成り立つ.命題 26.2 は \lambda_{max} の性質を述べている.
命題 26.2 (Saaty) \mathbf{A} を一対比較行列とする.\mathbf{A} が整合性を持つならば,\lambda_{max} = n である.\mathbf{A} が整合性を持たないならば,\lambda_{max} > n である.
26.9 整合性*
計算された重要度ベクトル \mathbf{w} が一対比較行列 \mathbf{A} とどれくらい整合しているかを評価するために,様々な指標が提案されている.
26.9.1 CI
Saatyは,一対比較行列 \mathbf{A} の整合性を評価する指標として整合度 (consistency index, CI) を提案した.
CI = \frac{\lambda_{max} - n}{n - 1}
26.10 まとめ
- AHPでは,代替案を直接順位づけする代わりに,2つずつ比較する一対比較を用いる.一対比較値 a_{ij} は,意思決定者が代替案 x_i の重要度を代替案 x_j の重要度の何倍と判断するかを表す.
- 一対比較の結果をまとめた行列 \mathbf{A} = [a_{ij}]_{n \times n} を一対比較行列と呼ぶ.
- 意思決定者が完全に合理的ならば a_{ij} = w_i/w_j が成り立ち,a_{ik} = a_{ij} a_{jk} が導かれる.このとき \mathbf{A} は完全に整合的であり,重要度ベクトル \mathbf{w} は \mathbf{A} の任意の列を正規化することで求められる.
- 評価基準を導入した階層では,基準の重要度ベクトルと,各基準における代替案の重要度ベクトルを求め,前者を重みとして後者を足し合わせることで,最終的な重要度ベクトルが得られる.
- 実際の一対比較行列は必ずしも完全な整合性を持たないため,幾何平均法などで \mathbf{w} を推定する.
- *固有ベクトル法でも \mathbf{w} を推定でき,整合性の程度は CI などの指標で評価する.
26.11 文献案内
Saaty (1977年) は初めてAHPを提案している.この論文では,固有ベクトル法と整合性の指標CIを提案している.
Crawford と Williams (1985年) は幾何平均法を提案している.
Brunelli (2015年) はAHPを丁寧に解説した書籍である.深く理解したい人にお勧めする.
26.12 練習問題
練習 26.1 次の1と2のそれぞれについて,一対比較行列を構築し,整合性を持つかどうかを判定せよ.そのうえで,重要度ベクトルを計算せよ.
- ある会社が新しい工場の建設場所を選ぶために,3つの都市を代替案として検討している.都市Aは都市Bより2倍,都市Cより4倍望ましく,都市Bは都市Cより2倍望ましいと判断した.
- ある学生が大学を選ぶために,3つの大学を代替案として検討している.大学Aは大学Bより3倍,大学Cより5倍望ましく,大学Bは大学Cより2倍望ましいと判断した.
練習 26.2 ある学生が就職先を選ぶために,3つの企業を代替案として検討している.評価基準として,給与,勤務地,企業の評判を考える.各評価基準に関する代替案の一対比較で,以下のように判断したとする.
- 給与に関しては,企業Aと企業Bは同じくらい望ましく,いずれも企業Cより4倍望ましい.
- 勤務地に関しては,企業Aは企業Bより2倍,企業Cより6倍望ましく,企業Bは企業Cより3倍望ましい.
- 企業の評判に関しては,企業Bは企業Aより2倍望ましく,企業Cは企業Bより4倍,企業Aより8倍望ましい.
また,この学生は,評価基準の一対比較で,給与は勤務地の2倍,勤務地は企業の評判の2倍,給与は企業の評判の4倍重要であると判断している.
このとき,AHPを用いて重要度ベクトルを計算し,最も望ましい企業を選べ.
練習 26.3
相馬さんは,パソコンを購入しようと考えている.調査した結果,A,B,Cの3つの機種に絞り込んだ.相馬さんは,デザイン(c_1),性能(c_2),メーカー(c_3)の3つの基準でパソコンを選定しようと考えている.相馬さんは,表 26.4 のような一対比較を行った.
| 基準 | デザイン | 性能 | メーカー |
|---|---|---|---|
| デザイン | 1 | 2 | 1/4 |
| 性能 | 1/2 | 1 | 1/5 |
| メーカー | 4 | 5 | 1 |
| デザイン | A | B | C |
|---|---|---|---|
| A | 1 | 3 | 4 |
| B | 1/3 | 1 | 1/5 |
| C | 1/4 | 5 | 1 |
| 性能 | A | B | C |
|---|---|---|---|
| A | 1 | 1/3 | 2 |
| B | 3 | 1 | 1/2 |
| C | 1/2 | 2 | 1 |
| メーカー | A | B | C |
|---|---|---|---|
| A | 1 | 1/2 | 1 |
| B | 2 | 1 | 1/2 |
| C | 1 | 2 | 1 |
以下の問いに答えよ.
- AHPを用いて,相馬さんに最も適したパソコンを選定せよ.
- 性能に関する代替案の一対比較が整合性を持たないことを示せ.
- *各一対比較行列の CI を求め,整合性が最も低い一対比較行列を答えよ.